昭和42年6月25日 朝の御理解
昨夜、十時半頃私ここを下がらしてもたった。そして着替えをさして頂いておりましたら、福岡からある御信者さんの息子さん達夫婦がやって参りました。どこにか久留米あたり迄来て、ついでに寄ったのかと思ったら、わざわざ夫婦でここへやってきておるんです。
いろいろ話を聞かせて頂きましたら、まぁ最近結婚したわけでございますけれども、もうお母さんもここへ熱心に参ってきます。もう大変にその嫁をもらった事に喜びと同時に、いい嫁だというので本当に有頂天になるくらいに喜んでおられます。成る程いい嫁さんです。息子さんもまた良くできた方なんです。ところが昨日も方々の話を聞かせて頂きますと、お母様の為にも私共の為にも別居生活をした方が幸せではなかろうかと、本当の事ではなかろうかというのがその事を相談に参りましたと、こういうのである。
成る程別居生活、新婚早々のことでもあるから、成る程それが幸せかもしれません。けれどもその親もその子にすがり頼っておるのであり、また嫁とも本当に私の思うておる以上の良い嫁をもろうて、まあよう私にもつかえてくれる。主人も大事にしてくれるというて喜んでおりますのに、どういうそれが理由がありましても別れて生活をするということが、双方の幸せだといったら、お母さんがどういうような気持ちになるだろうか、と私は思うんですね。
それでそれはいけませんよ、折角お母さんがあんなに楽しんだり、喜んだりしておられるのに、ああた方がいま別れる何ていったらどんなにがっかりされるか分かりませんよ。とまぁ言うたんではお取次になりませんもんですから、いわゆるお取次と言うことは、あちらもたち、こちらもおかげを頂くように、おかげを受けていかなければなりません。そこで私その事を控えに下がっとりましたから、控えで神様にお願いをさして頂きましたら、先日病院に参りましたときに、篠山神社で久留米近郊の民芸窯の古い陶器の出品があって、それの展示展覧何と言うでしょうか、そういう収集した物を集めてある会があっている。丁度病院に行っとりましたら、高芝さんがやってみえられて、先生があの医大に行っとられると言うことを聞いて、医大ならばすぐ隣り合わせのところが篠山神社ですから、もうあちらにあの珍しい陶芸の出品があっておるから見に行かれるようにとわざわざ来て頂きました。それで用事の方を済ましてからまぁちょっとの時間でしたから、そこへやらせて頂きました時にパンフレットのような物を頂きました。そのそれが陶芸品作品展かなんかという、それが私の机の上に上がっておる。お取次をさして頂よりましたらその作品展の作という字を頂くんですね。作りという字なんです。それで私、その方に、そうですね、それは成る程あのそれもいいんですけれどもね、やっぱり何をやるにもひとつ時期があるんですよ。ですからそのお繰り合わせをお願いしてから時期を待っておかげを受けられなきゃいけません。
まぁ私共信心さして頂く者はこう神ながらという言葉を使う。本当に神ながらのおかげを頂いていくという神ながらという。いわゆる神様に任せきった生き方のことなんですよ。と。その神様にお任せしきった生き方という、そういう生き方を神ながらというが、ああた方が今考えておられるのに、親のためにも子供のためにも私共の為にもこうした方が、ああした方が幸せだと、これは人間の頭で考えて、そう思うだけの事なんです。本当はどうか分からない。
だからこれはその神ながらの反対の事をいうと、まぁそんなことはないのですけれども、神ながらというのが、神様にお任せ仕切った在り方であるならば、人ながらという言葉を使ってはどうかと、人ながらというのは、人間の頭、人間の知恵の限りをもって、その事をなしていこうという生き方。ところがここにその果たして人ながらでおかげの頂けるか。本当に、お母さんががっかりさせずに、まほんにそうだろという風にお母さんにも了解してもろうて、そしてああた方もまた本当に幸せになってけれるおかあさんも幸せになっていけれる。丁度良い時期というのがあろうから、まぁせめてその人ながらとこの神ながらの中間のところを行かれたらどうだろうかと、今さっとこういうことは人ながらであるならば、もうちょっと時節を待って、しかもそうしたが、良いと思うならそうしたが良いことを神様に私がお取次をさしてもろうて、今日からその自然な時期がいわば出来るだけ早くくるようにお繰り合わせを願おうじゃないですか。
次に民芸というその作という字の次に民芸品の芸という字を頂いた。芸という字は草冠に云うという字がかいてある。物を云うという字、草冠というのは、成り行きとか、自然とかいう、いつも頂くように、だから自然がものを云うて下さる時期が必ずくるんですよ。○○さん、信心の私は有り難いのは、そこが有り難いですよと。もう終のバスももうない。何で帰る帰るかというたら、バスで帰る。バスで帰るというたってあなたもう、ああた方がみえた時から既にもう終のバスはないのですよ。今ここの信者さん方がみんな終のバスで今帰ったのが確かに終だったのですから。さぁそりゃどうしようか、ああほんに今日は北野の共励会ですから、きっとあの秋永先生が来とりましょうから、秋永先生が必ずこちらへ寄りますから、その車に便乗さして頂いて帰りなさいというて、あの待たせておりましたら、秋永先生と富永さんがおかげ頂いて一緒に帰って参りました。その間もここで待っておる間を私の話を聞いてもらった。その話を聞いていくうちにです、ハァいろいろな事が分かりました。とまぁ特にその息子さんが分かったという。嫁さんも成る程とこう合点が行くようになってきた。その話を私はこういう風なお話をさして頂いたんですよ。
仲々ね、人間関係というものは、親子でも難しいもんなだんだ。けれども、人間の例えば頭とか、働きというものには限りがあるのだ、知恵にも同じ事、そこにあの信心生活というのは神の英知というか、神の知恵によって生活をしてこうという生き方。例えていうならね、私が引き揚げて帰って来た当時、勿論信心はあったけれども、現在のような気持ちが開けておったのじゃない。そこでやはりいくら仲良ういっておっても、私も両親と又家内との事と心配ならない訳じゃない。そこで出来るだけスムーズなおかげを頂いていきますために様々な演出を試みた。いわゆるお芝居をうった。例えていうなら朝のお食事の時にです、例えばその味噌のおつゆなら味噌のおつゆが辛かったり、甘かったり、特に私共の家内は料理が下手ですから、どちらかというと、母は上手の方です、ですからもう母が自分が手を下して自分がした方がどのくらい美味しく出来るやら分からんけれども、嫁御が帰ってきとりますから、嫁御に任せんわけにはいかん。ところが作ったお菜は甘かったり、辛かったりでくせに合わない。
そこで両親にいわせる前に私が今日のおつゆは辛いじゃないか。甘いじゃないかとこう私がいう訳なんです。そすと両親がですね、おまえがごとそげんごまごつばっかり云うてから、辛かならちっとばっかり食べときゃええじゃないか。甘かならよけい食べときゃよかもんじゃけん。お前がごつ、こまごつばっかり言うなら、作った者のみになってみらにゃというて、両親は私に言う。そこに何ともいえんその何というかね、その雰囲気がです、例えばなら両親にそれをいわしてごらん。今日は五十枝さん、あんた今日のおつゆは辛かじゃんの、甘かばのと例えばいわんでも、そういう風な在り方になったら、家庭が面白くない。それで私はもう一事が万事にそういう演出を試みたけれども、これはしかし永くは続かなかった。人間の頭で例えば、最近様々な本が出ておりますですね。主人の操縦法とか、親との円満にいくための親の操縦法とか、頭の限り知恵の限りをつくして様々な、いわゆる演出を試みる事の本なんです。そういう私は読んだことはないけれども、だと思うんです。もうそれは年寄りども扱う訳はない。主人なんかを自由自在にするのは、もう嫁御の手綱取りよういっちょ。手綱を取らなければ主人が言うことを聞かないとか、要領ようやらなければ親との、嫁との間が具合が良ういかないといったような事ではだめなんだ。以来、私はもうそういう人間心は使わない。まぁよそでいうならば、そりゃもう早く両親の床でもとってやって、さぁ時たまには足を撫でてやったりそのさすってやったり。うちの嫁はようこまいところに気がついて、もう何から何まで行き届いた事じゃというけれども、そういう例えば人事の限りを例えばつくすと言うことは、限りがあるから、もし今度はそれを止めると、この頃はどうか思うてござるとじゃなかろうか。床も敷いてもらわれん。この頃あんまもしようと言わっしゃれん。うちの嫁御さんなというような事になるのだ。
そこでね、もう言わんでも、語らんでもうちの嫁御は私のことを一生懸命思うておってくれるんだ。うちのおかあさんは私の事を一生懸命思うておってくれるんだ。祈っておってくれるのだ、というです、何も言わんでもそういうものが通うていくというような、おかげを頂かなければ、だめなんだ。私共のあたりなんか、よその嫁さんのようにそう言うことは全然なくてもです、やっぱり私を世界一の息子と思うとるならば、やっぱ世界一の嫁御と思うておる。と私は感じる。何にもしない。何にも出来ない中にあっても、そこに信心の尊さがあるんですよ。此の神様の信心というのは、もうとにかく本心の玉を研いていかなければ、日々改まっていかなければ、信心にならないのである。神心になっていかなければもう信心にならないのであり、いやおかげが受けれんのだから、そこに家族が勢を揃えて信心すると言うことがです、嫁御が私の事を悪う神様にお願いしよるはずはない。姑親が嫁の事を色眼鏡で見たり、うちの嫁さんの上げな風に思うてござるとじゃなかろうかといったような思いで、信心をするはずがない。信心さして頂いておれば嫁は私の事を祈っておってくれるに違いはない。おかあさんは私の事を祈っておってくれるにちがいないという。
そこにです、例えばもうものを言わん中にも交流するものが生まれて来る。さぁ御飯をひとつ頂くでも、さぁお婆ちゃま、お爺ちゃま御飯ですよ。ところが御飯を頂きに来なかった。家内は先に頂いとった。私どんより先に御飯ばいただいて、というような事ではなくてです、お婆ちゃまもうお先にいただいときましたよ。さぁどうぞ。と例えばそういう風にです、もう何もそこに引っかからない為にはね、お互いが信心になっとなかなければ出来ることじゃないですよ。それが例えば普通の家庭であったらどうであろうか、もうどうしていつまっでん食べに来らっしゃれんじゃろか。もうこっちはお腹ぺこぺこところへ。待っとかんわけにはいかん。又先にどん食べとるなら、ばばさんなどげなこつ言わっしゃるじゃ分からん。もうそう言うような雰囲気の中に如何に、勤め合うたってです、良いことがあるはずがない。お風呂でもそうなんだ。必ず嫁御だから後に入らんならんということはない。さぁお爺ちゃんお風呂が湧きましたよ。お婆ちゃんお風呂が湧きましたというてももうお先に頂きましたよ。それで私を親がですよ、嫁御が親を軽うみとるとか、親をろくそにするとかといったような考え方がおこるはずがないでしょうが。信心の本当に願うところを願っており、求めておるところを求めていきよるならば、何の摩擦もない、家庭の中が何にももう努め努めて、努めおうていきよる生活なんて、こんなきついことはないですよ。
そりゃ仲々気の利く嫁さんでございますから、ですからもうおかあさんも有頂天に成る程喜んでおるです。確かに、ほんの有頂天になっておるのを、又谷底に突き落とすようなこと、別れた方がお互いの幸せでしょう。何て言うことになったら、別れたと言うか、別居した方が。私共はね、信心のある者とない者の違いはね、そういうところに私はおいていかなければいけない。朝起きたなら親におはようございます。と嫁がいわにゃならんごたる風にしつけてある。場合によってはいわんかもしれん。今日はおはようございますといわっしゃれんじゃったが、何か腹かいてござるとじゃないじゃろか、そう婆さんが思うただけでも、もう雰囲気が壊れてしまう。お互いが大切にし合う。大事にしあうということは、言葉や形ではない。といって私は先日の高橋さんが頂かれた御理解を話した。
何十人かの使用人の方達がおる。それをですね、高橋さんは言葉で使わず、お金で使わず、心で使えという御理解を頂かれたんですよと。言葉で言葉やかましゅう、そんなことでいくもんか、ああせろ、こおせろと成る程、言われておるときだけはするかもしれん。お金を出せばです、お金で人が動くかもしれんけれども、少し給料が他の方が高いというたら、もう動かんごとなるじゃないか。お金じゃない、言葉じゃない。例えて言うなら、ここの場合でも私がそうです、ああせにゃ、こうせにゃ、私は言わんでも言うなら私の末梢神経の行き届いておるようにです、例えば一切がなされていく。出来ていくというのは、私が心で使うておるからなんだ。
言葉で使わない。自分の権力で使わない。勿論金で使うように事にはなおしない。そこに例えば主人が居ろうが居るまいがの働きというのが、出来ていくのである。私はそう言うような話を丁度待って居る間一時間あまりをもう本当に一生懸命話をした。本当に今日は来て良かったね、というてからその奥さんに、本当にあの今日はお話を頂いて、まぁいろいろ他にもお話しして頂いたんですけれどもです、これはその方だけの事ではありませんです。お互いの家庭においてもそうなんです。如何に一家中のものが信心に勢を揃えなければならないかという事が分かる。信心に勢を揃えたらです、焦点は結局限りなく美しゅうなりましょうや、という家族の者の合い言葉というものがです、改まっていかなければならん。本気で磨いていかなければならない。要領やらは、言葉美しゅう言うたことやら、本気でただ努め合うただけでです、仲よかとかこっとりともいわんというのだったら、これは本当の事じゃないです。場合にはぶっとしとる時もある。場合にはイライラしよるときもある。けどもです、けれどもその心と心というものが神様へいつも向かうておる。相手のことを思うとるのじゃない。神様の事を思うとるですから、そこにですもう何とはなしにですね、言わんでも語らんでも交流するものが生まれて来るのですよ。
例えばここでです、私が皆さんにまぁ言うなら冷酷に冷たく当たったと致しましょうか、それでも常日頃です、先生は私の事を祈っておって下さるのだと言うものが皆さんにあるでしょうか、またみんなもそんならお広前の事と思うておいでられる。私の事を思うておって下さるでしょう。云うても言わんでもそこにいつも交流するものがある。私は成る程努め合わなければならないけれども、努めるところは神様の方へ努めるのであってです、自分の心の上に努めるのであってです、努め合うたらいけんというのじゃないです。親切にし合うたらいけんというのじゃないですよ
けれども出来る時もありゃ、できん時もあると言うこと。人間のいわば働きというものは、で努めのないときには、もうあの人はどうか思うてござるとじゃなかろうかといったようなですね、思い方のでけんですむ。いつもスムーズにけれるためのお互いが如何に信心を頂いとかなければならないか、おかあさんだけではなくてから、ああた方もこれを御縁にひとつ信心の稽古をなさると、そこからおかあさんも安心されるだろう。又ああた方もおかあさんの本当の真意が分かってとても別居なんかもう馬鹿らしゅうなってくる。わざわざ高いところに家を借りたり、所帯をふたつ持つなら、経済の上にだって同じ事。いやそれが私はいけんというのじゃないけれどもです、けれどもああた方の気持ちの上にやっぱり別居したいというのならば、まぁ人ながらと神ながらのその中間くらいのところまでのところに心をおいて、今すぐそれはしばらく見合わせておきなさい。私はその事を願いをしよう。そして自然がものを云うて下さる。自然がそう言わなければならないようなチャンスを作って下さる。その時期を待ちなさい。そこから例えば同じ別居するに致しましてもです、お繰り合わせを頂くだろう。又気持ちの上にも交流があっての事であり、おかあさんをがっかりさせんでもすむんじゃないですかというてお話したことですけれどもですね、そしたら、こんな事を言うんです。先生そういうような気持ちになれたら素晴らしいことでしょう。
けれどもその一時、二時信心したからと云うて出来る事じゃないでしょう。そうですね。私もやっぱり信心しとっても、なら二十年前の事を思うと。例えば自分で演出をする。していくことがそれが本当の事のように思うとった時代があった。そして自分が要領よう、いわゆる親の操縦法、嫁御の操縦法を心得ておるというような、思うておったけれども、これではダメだと。真の幸福といったものはそんなもんじゃない。
そこでです、ああた方に一番有り難い事はそういうところをなら、十何年間通らせて頂いて、現在私が頂いているおかげをです、私の歩いてきた事をです、ただいちいち私のところに相談にみえ、いちいちお取次を頂かれるということになったら、同じおかげを受けられるですよ。というて又次に修養と信心の違いということについてもいろいろそういう風に私共ならせて頂くと言うだけでは、なっただけではいけん。親孝行すりゃ、親が喜ぶと言う話を聞いて親孝行しただけではつまらんのだ。ここでお話を頂いて親孝行して親に喜んでもらうと、親も喜ぶ、自分も喜ぶだけではなくて、そこからです思いもかけない道が開けてくるのが、信心なんだ、というような意味の事もお話さして頂いて、如何に修養話と信心の話が違うかと言ったような事を、まあいろいろ分かったと云うて、それから又先生方が帰ってみえられましたから、又それからまぁ一時間くらいいろいろお話を秋永先生流儀のお話を聞いて、大変今日はこちらへ来て良かった。僕は今日はそのおかあさまには嫁さんの里の方にいくと云うてから、こっちへ来ている。こっちに来たことがおかげであったね、これが嫁さんの里の方に行って、そこにだから今日は椛目に行った事を話そうか、話すまいか。私がお菓子があったからこれをお母さまにお土産にもって帰りなさい。そしたらどうでも椛目に来たと言うことをいわにゃいけんけんですね。そうです、おかあさんがどのくらい喜ぶか分かりません。今日は僕たちはね、ああいうて出たけれども、途中から変更してから椛目にいったんですよ。合楽の方へお参りしたんだ二人で、ええ話を頂いてきたというて帰ってごらん。どのようにおかあさんが喜ぶか分かりませんというてまぁ昨日帰りました。
お互いの中にあってもそれはこんな事言うちゃならんけれども、私、又私一家のように垢抜けした生活をしておる人はまぁ合楽関係には一人もありますまいと思います。それは例えば私の方の嫁御と親たちの事なんか、決してよその嫁さんなんかにゃつとめられませんです。さぁ撫でた、さすったにもいたりませんです。そりけんち云うて、婆さんに固かもん食べさせるといったような事は致しません。けれどもです、それが淡々としてなされておる。そして例えば固いもんが入っておってもですよ、これは五十枝さんが私にわざわざ固かもんば、こげなもんば私が皿ん中についどるといったような事がない。それこそ間違いだろうとも思わないでしょう。日頃心が交流しておるからです、家内は家内なりに信心につとめておるから両親となおさら信心につとめておるから出来る事なんです。
けれども皆さんあのう、つとめ合うなんて、こんなにつまらんことはないですよ。つとめておるときだけですよ。よかつは。例えて申しますならですね、ここのまぁ篤信といわれる信者さん方がです一生懸命つとめて下さる。なら、つとめちゃならんというのじゃないです。というてどうもこの人はこの頃、あの人はちっと間違えちゃござらんですか。先生のいわっしゃるとと反対の事ばっかりしよんなさるですよというニュースが入ってきてもです、もうあの人に限って間違いはなかがのと云えるんです、私は。そういう中を日頃信心によって作っておかなければならないということなんです。私の言葉、そげな言葉いいよるのというて私がいちいち腹を立てておるとするならば、日頃如何に通うてなかったかと言うことが分かるでしょうが。どんなに厳しゅうあってもええがの、ほうからけときゃ。例えばここであの菊栄会の連中なんかそうです。それが非常に濃厚ですね、この頃正義さんないっちょん参って来んが、あの人がどうのこうのと、もうほうからけときゃよかがのと、もう間違いはないということを私は確信しておるんです。
秋永先生はこの頃こうですよと、文男さんなこの頃こうですよと、例えばそのいろいろ中傷されてもですほうからけときゃほかがの、といわれると言うこと。それは常日頃それをお互いが育て合うとるからなんだ。それはつとめ合うといった事じゃなくてです、いわゆる心をみんなが神様へ向けておるから、信心さして頂くからには、もうそげな事したらおかれん。例えば極端に言うなら場です、お金ならお金を誰にでも私はこうしてお任せする。大丈夫ですか、誰かもう一人つけとかんでもと例えば言う人があるとしましょうか、けどもこう言うのが信心しておる限りです、信心しとれば、いわば正直にしなければおれないのが信心なのですから、これだけ足らんごとなりました。ならあの人がちょっとこう間違えてはおらんじゃろうか。そげな事があるはずがない。ただ間違えとるだけの事。もうここにですね、そういうお互いの心を探り合いをしなくて済むというだけでも有り難い。そん為にお互いが本気で神様は心を向けての信心を、そのことだけを共励しあうていきゃいい。家族でも時々には話し合いの場を作らなければもう、不自然に作った話し合いなんかは、はぁほんにそうじゃったのと分かり合うてもです、もう次は分からない問題がもう出来ておると言うことです。話し合っただけではつまりません。けれども自然に共励しあう場があると言うような事は大変有り難いことなんです。それはあんたがどうの、あたしがどうのというのじゃなくてから、信心のどこまでも共励でなからにゃいかんのです。神様に一生懸命向けてどういうものでも神様へ心を向ければ、こうあらなければ此の道をたとらなければいけんのが信心なのだから、お互いがそこに信じ信じあえれる仲というのが自ずと濃ゆくなっていく訳なんです。
これは家族だけの事ではありません。人間関係において総てそうなんです。本当に人間関係は実にデリケート、どんなにデリケートであってもです、神様に向けられる心ほどデリケートなものはありません。微妙なものです。私共例えばなら嫁御の事、子供の事をです、例えばなら色眼鏡で見ると言ったような事でも致しましょうか、神様へ向ける心のその微妙さと言ったようなものはです、もう打てば響くようにある。いやぁ私はこげな汚い事を思いよる。疑うちゃならんことを疑いよる。もう神様の方からやられるとですから、ですから此の道をたどればおかげを受けられると言うことが分かります。災難よけだけの事じゃない。病気治しただけの事じゃない。結局心治しの事につとめさして頂くという。私もつとめておるならば、家内もつとめおる。嫁御もつとめておるということになったときにです、私は本当の家の中の平和というかね、いわゆるつとめ合わんでも、それが通うていけれるような場が出来てくる。そういう場を私は本当の幸せの場とこう思うですね。 どうぞ